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福岡高等裁判所 昭和37年(う)584号 判決 1963年4月15日

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は被告人林の弁護人塚本安平、被告人堀尾、被告会社の弁護人本田正敏各提出の控訴趣意書記載のとおりであつて、これに対する当裁判所の判断は次に示すとおりである。

一、塚本弁護人の控訴趣意および本田弁護人の控訴趣意第一点について、

商品取引所法(以下法という)第九七条第一項によれば、仲買人は、商品市場における売買取引の受託については、その所属する取引所の定める受託契約準則によるべきものであるところ、被告会社の所属する当審で取調べた大阪穀物取引所の定める受託契約準則(以下準則という)被告人堀尾の検察官に対する昭和三六年一〇月一七日付供述調書(添付約諾書を含む)によれば商品取引につき委託者は仲買人に対して売買取引の委託注文を発するとき、委託本証拠金またはその充用有価証券(以下充用証券という)を預託することを要し(準則一六条二項、一八条一項)その預託は売買取引によつて委託者の負担することのあるべき債務を担保することを目的とするが、その預託当時においては被担保債権は未発生でかつその金額は不明であるから、充用証券の預託は根質権の設定たる性質を有するものというべきである。そして民法の原則によれば、質権者は質権設定者の承諾を要せず、その権利の範囲内において質物の上に転質権を設定することができるから、質権者が質物を転質の目的としたからとてこれによつて犯罪を構成する理のないことは明らかであるけれども、本件充用証券については、民法第三四八条をそのまま適用しえないことは、準則第一八条第三項に「充用有価証券は、委託者がその債務を履行しないときに」云々、第一四条第二項に「仲買人は前項の預託金銭又は物件を、委託者から債務の弁済をうけるときまで留保し若し預託者が債務を弁済しないときは、その金銭及び物件をもつてその弁済に充当し、なお不足するときは、委託者からその不足額を追徴する。」と規定していることからも明らかである。そして売買取引を決済した結果、委託者に債務が発生したときは、期限の定めのない債務と解すべきであるから、仲買人は相当の期間を定めてその履行を催告し、期間内に弁済をしないときに始めて証拠金および充用証券を処分して債務の弁済に充当することができるというべきである。また委託者が売買取引を委託するにあたり、仲買人に対して充用証券と預託する趣旨は、特別の事情がない限り、委託に基づく売買取引によつて生ずることのあるべき代金債権、諸費用、手数料、立替金およびその利息、建玉決済による損失等仲買人の有する債権を担保することを目的とする(準則一二条、一九条、二三条)、したがつて、仲買人は決済によつて委託者に債務が発生したときは相当の期間を定めてその履行を催告し、充用証券はその弁済を受けるまでこれをそのまま留保し委託者が期限までに弁済しないときに始めてこれを処分して弁済に充当することができるのであり(準則一一条、一四条二項、約諾書二号)、右目的の範囲に属しないことのためにする充用証券の処分および右条件を充足しないでする充用証券の処分は、ともに委託の趣旨に反するものというべく、この場合は、法第九二条およびこれに基づく準則第一一条により、委託者の書面による同意をえないで充用証券を処分することができないのである。けだし、右規定の趣旨は、委託の趣旨に反する充用証券の処分は委託者にとつて予期に反するものであり、かかる処分についての委託者の同意のあつたことを明確にしてこれに関する紛争を防止するとともに、委託者の担保物の回収を確保する必要があるからである。

これを原判示第二事実についてみるに、原判決の挙示する関係証拠を綜合すれば被告会社は原判示第二に引用する第二犯罪一覧表の

(1)、NO・1、2の充用証券は、渡辺馨から小崎の仮名で昭和三五年一一月三日預託を受け、同年一一月一一日から翌三六年三月二八日までの間九六回取引をし同年同月三一日の決済において二、八八五、四〇〇円の損失となり、

(2)、NO・3、4の充用証券は、被告会社の外務員小原某が古川の仮名でした同三五年一二月二八日の二回にわたる取引の委託に際し同日渡辺が同人に貸株したもので、同三六年一月一六日決済の結果五一、〇〇〇円の利益となつたので、当然渡辺に返還すべき右充用証券を同年二月中旬頃渡辺承諾の下に、(1)の追証拠金の充用証券としてこれに振替え、

(3)、NO・6の充用証券は、被告会社の外務員石原某が松島の仮名で証拠金を預託することなく、同三六年の二月一〇日から五月二七日まで八回にわたつてした取引につき、被告会社外務員清水某が八木の仮名で委託証拠金を預託せずにして取引から生じた利益金を取得するため、渡辺から借りて被告会社に預託して決済し、当然渡辺に仮還すべきものが被告会社に保管されていたものを、同年二月一八日石原が無断で松島の委託充用証券として振替えたもので、同年五月二七日決済の結果三六一、〇〇〇円の損失を生じた。

被告人堀尾は被告会社の業務に関し、被告会社経理主任辻川政一を介し、(1)(2)については相当の期間を定めて渡辺に前記債務の履行を催告することなく、原判示別紙第二犯罪表1ないし5のとおり渡辺から預託をうけた日東化学株式等合計一二、九〇八株を委託の趣旨に反して売却処分し、(3)については被告人堀尾は同三六年七月下旬頃同犯罪表6の松竹株等三、三三〇株が渡辺の所有に属することを知りながら渡辺の書面による同意なく、かつ委託の趣旨に反して同犯罪表6のとおり、これを売却処分したことを認めることができる。

また各所論中、委託証拠金自体充用証券との間に性質上の差異を認めえないとの主張があるので案ずるに、準則第一四条第二項によれば、仲買人は充用証券を委託者から債務の弁済をうけるときまでその物自体を留保することを要するのに対し、委託証拠金も充用証券と同様の方法によつて処分を要するけれども、それが現金であつて極めて高度の代替性を有する特質上、その金額を何時でも委託者に返還することができる状態(たとえば銀行預金)に置けばよいのであるから、この意味において委託証拠金は根担保としての消費寄託たる性質を有するものと解するのが相当であり両者の間に性質上の差異が全く存しないとはいえない。

されば、原判決が弁護人の主張に対する判断第二において、充用証券の預託は消費寄託又は根質権の設定たる性質を有しない旨判断したのは正当とはいえないけれども、被告人堀尾が被告会社の業務に関し法第九二条の規定の趣旨に反し、原判示第二のとおり渡辺が預託した株券を売却処分した旨判断したのは結局正当であり、各論旨は採用することができない。

二、本田弁護人の控訴趣意第二点について

所論は、被告会社は本件使用人の選任監督その他違反行為を防止するため必要な注意を尽くしていたもので、被告会社に過失はなかつた旨主張するけれども、これについては原判決が弁護人の主張に対する判断第三において詳細説示していると同様の理由により、被告会社に被告人らの本件違反行為を防止するため必要な注意を尽くし過失がなかつたものと認めることができないから、論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法第三九六条に則つて本件各控訴を棄却すべきものとし、主文のとおり判決する。

(昭和三八年四月一五日 福岡高等裁判所第三刑事部)

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